コラム

2015年12月03日

【連載 テレビとネットの狭間で走れ!第一回】世帯視聴率の功と罪

境 治; コピーライター/メディアコンサルタント

posted by 境 治; コピーライター/メディアコンサルタント

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今回からこのVIDEO SQUAREで連載をはじめることになった。私は50代で元はコピーライターだったが、最近はもっぱらテレビを中心にメディアの今後について語ることが仕事になり、とりあえずメディアコンサルタントなどと名乗っている人間だ。どんなことを語っているのかはネット上のあちこちに原稿があるので適当にググってもらえればわかると思う。

VIDEO SQUAREは動画広告をテーマにしたメディアだ。私の連載の企画意図も、ネット動画の向上に役立つ情報発信に据えたい。動画をもっと高く売るには、効果をさらに上げるためには、もっと社会的価値を高めるにはどうしたらいいか。もちろん私も、どうすればいいかわかっているわけではないが、読者の皆さんと一緒に考えていければと思っている。

動画の、それも“広告“としての価値を高めるには、その計測を考えないわけにはいかないだろう。そこで、連載第一回は、テレビメディアの計測についてみていこうと思う。テレビでの計測を知ることで、ネット動画の計測のヒントになるのではないか、という趣旨だ。
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テレビの視聴計測というと、「視聴率でしょ」と誰もが即座に答えるだろう。そして、ことネット界隈ではこの視聴率の評判がやたらと悪い。「数百世帯で何がわかるの?」「テレビをつまらなくした元凶だ」、中には、「適当にねつ造してるんでしょ?」と根も葉もないことを言うヤカラも見かける。

視聴率はいろいろ誤解されているなあと、そんな言われ様を見ると思ってしまう。世帯視聴率による計測に今、いろいろ課題が押し寄せているのは間違いないが、一方で視聴率はテレビビジネスをここまで成長させてきた原動力だ。

テレビ放送がはじまった1950年代、当然まだ視聴率の計測体制は整っていなかった。でも、テレビは急速に普及し、お茶の間から経済界まで多層的な期待を背負った。そして広告メディアとして機能させるためには、どの番組がどれくらいの人に見られているかを、なんとか測る必要があったのだ。

そこで60年代、米国から来たニールセン社と、日本側の資本でできたビデオリサーチ社の2社による計測がはじまった。そこには、先人たちの汗まみれのドラマがあったことだろう。

今、ネット動画について再生数だの何だのを資料にまとめていかに効果があるかを示そうと悪戦苦闘しているように、テレビメディアの開拓者たちが必死で説明してテレビのチカラ、可能性が信じてもらえるようになった。
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テレビ放送は莫大な金額の広告費が動く。そのためには、黎明期にこういう努力が必要だったことを認識しておいたほうがいい。価値があるメディアになるためには、そのために多くの汗が流されたのだ。ブラックボックスの中でズルいことして、姑息に稼いで成長できたわけでは決してない。

世帯視聴率への批判に、数百世帯で何がわかるのか、というものがある。確かに、関東でいうと600世帯ぽっちで全世帯が同じ傾向だと言うのは一見すると疑問が湧くだろう。ただ、ここで注意したいのは、ビデオリサーチ社は前後2%程度の誤差があることを明確にアナウンスしている点だ。

例えば、10%の視聴率と発表されても、それは12%かもしれないし、8%かもしれないということだ。実際、2000年までは、ビデオリサーチ社とともに、ニールセン社も視聴率を計測しており、2社の数値には、時に2%を超える違いが生じていたのだ。

誤差が小さくなるようにサンプル数を増やせばいいじゃないか、と言いたくもなるだろう。だが、増やすのは並大抵の話ではない。計測機械を取り付けてもらえる世帯を、日本の人口分布に見合った形で構成して決めていくのだ。大変な作業と費用がかかるので、そうそう増やせない。
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ネット調査では平気で何千ものサンプルでデータを出しているのに、と思いがちだが、ネットで収集したデータが何千人分も集まっても、それが日本の人口分布に沿った世帯で構成できているかを問われるとひとたまりもない。そんなことは、ネット調査ではほぼ無理なのだ。

ビデオリサーチ社のデータが、これまでテレビ放送ビジネスを支えてきたのは、この「代表性」にある。偏りがあるデータでは、商取引に使えない。日本の人口分布の縮図が母数になっているからこそ、マーケティングに役立つデータ足りうるのだ。

こうした背景があるから、世帯視聴率はビジネスの基準になっている。「カレンシーデータ」という言い方をするのだが、広告業界の“通貨”として機能している。何らかの“通貨”が必要だから、視聴率はテレビ広告の取引に使われる。日経平均があって株式取引ができるのと似ている。視聴率のそういった“必要性”を知っておくべきだろう。

では、世帯視聴率に課題はないだろうか。いやたくさんある。ありすぎと言っていいくらいだ。

まず、これは視聴率の問題と言うより日本社会のそもそもの問題なのだが、世帯視聴率はいまや高齢層に大きく引っぱられてしまう。視聴率の区分で、F1とかM2とか言う。MはMaleつまり男性、FはFemaleで女性。1は20〜35才、2は35才〜49才、3は50才以上。つまりF1は20〜34才の女性、M3は50才以上の男性、といった意味になる。

※総務省の人口推計(平成26年10月1日現在)の数値をもとに計算し以下のURLの図表を使用(http://www.stat.go.jp/data/jinsui/2014np )

※総務省の人口推計(平成26年10月1日現在)の数値をもとに計算し以下のURLの図表を使用(http://www.stat.go.jp/data/jinsui/2014np )


これは私がよく使う図なのだが、平成26年の日本の年齢別人口を視聴率の区分に当てはめて大ざっぱに計算したものだ。

M3F3合わせて45.2%もいる。逆に子供と若者(20歳以下とF1M1)を合わせても33.5%にしかならない。こうなると、視聴率をとるには若者に向けてなどいられない。視聴率を上げろとせきたてられる各番組スタッフはどうしても、F3を取りに行ってしまう。

だから世帯視聴率を指標にしているとテレビが“おばさん化“してしまうのだ。論理的・構造的にそうなってしまう。今のテレビは、“おばさん化スパイラル”に陥っていると言っていいだろう。

また、日本の家庭が「夫婦と子ども」から、一人世帯に強くシフトしていることも大きい。3〜4人いる世帯では、その中の誰かが見れば「世帯視聴率」にカウントされる。だが、一人世帯では、その一人が見ないと世帯視聴率につながらないのだ。

つまり、世帯視聴率は、昭和の標準的(とイメージされていた)家庭が多数を占めていた時代には非常にマッチしていたが、21世紀の日本社会に合っていない。あるいは、今の日本社会のいびつさの影響をはっきりと受けてしまった指標なのだ。

だから、世帯視聴率は不要かというと、そんなに単純な話ではない。先述の通り、指標がないとビジネスが動かせなくなってしまう。日本の全世帯で各番組がどう視聴されているか、そのモノサシとしてはよくできているし、広告の大まかなリーチを測るのに第一義的には有効な指標なのだと言える。

ではどうすればいいのか。明確な答えはまだないが、多様な試行錯誤はすでに始まっている。おそらく、世帯視聴率をx軸としたうえで、y軸となる指標を設定し、1次元的だった視聴計測を2次元的に進化させるべきなのだろう。

ネット動画の立場から見ると、テレビの視聴率のこうした悩みは他人事に思えるかもしれない。だが、ネット動画だって、再生数以上のデータをどれくらい提示できているだろうか。2次元的なデータを持てているだろうか。

再生数が百万回に達して喜んでいる場合でもない。視聴率換算だと1%かい?と言われてしまう。テレビという巨大なメディアと張り合うには、ネット動画だって再生数以外の数値も必要なのだ。

ネット動画にとってもヒントになりえるテレビの新しい視聴計測の取組みは、次回に紹介しようと思う。

※筆者が発行する「テレビとネットの横断業界誌Media Border」では、放送と通信の融合の最新の話題をお届けしています。月額660円(税別)。最初の2カ月はお試しとして課金されないので、ぜひ登録を。

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